末吉安恭

那覇市壺屋焼物博物館講座

2008年12月13日(土)~2009年3月15日(日)の期間、那覇市立壺屋焼物博物館で、開館10周年記念特別展「壺屋焼近代百年のあゆみ」が開催されています。
 関連行事として期間中講演会が4回企画され、担当になっています。
 *12月21日(日)午後2時~
  宮城篤正氏(沖縄県立芸術大学学長)
  「戦後”壺屋”物語 壺屋陶工の動向とやちむん会の活動」
 *1月25日(日)午後2時~
  粟国恭子氏(大学非常勤講師)
  「近代の芸術研究~比嘉朝健をめぐる人々~」

2回目講座の担当だったので、25日(日)に話てきました。沖縄民俗学会発表と連日で、風邪で体調を崩しての講座でしたが…。
 話の内容は2008年3月に書いた論文の内容中心です。琉球の陶工研究では欠かせない比嘉朝健が紹介する「琉球陶工研究」を中心に、人となりがわかっていない比嘉朝健の紹介、比嘉をめぐる末吉安恭(麦門冬)、真境名安興、山里永吉らとの関わりを話ました。
 2月以降提供されている講座は、以下の通りです。 
 *2月22日(日)午後2時~
  小林純子氏(沖縄県立芸術大学洵教授)
  「見いだされた沖縄陶器~柳宗悦と中川伊作~」
 *3月7日(土)午後4時~
  横堀聡氏(益子陶芸美術館副館長)
  「益子の濱田庄司(仮)」

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近代沖縄の芸術研究②ー鎌倉芳太郎と比嘉朝健についてー

20  「沖縄県立芸術大学附属研究所紀要第20号」(2008年3月31日発行)に、論文「近代沖縄の芸術研究②ー鎌倉芳太郎と比嘉朝健・琉球芸術研究の光と影ー」を発表しました。
 19号で紹介した末吉安恭と比嘉朝健、鎌倉芳太郎と比嘉朝健の交流を通して<近代沖縄の芸術研究>の様相を示し、これまでその人物像がよくわかっていなかった比嘉朝健の芸術研究の紹介を目的としています。
 比嘉の発表した30以上の沖縄芸術研究の目録も、現段階で一番充実したものになっています。今後の資料発掘へと可能性が広がっていきます。
 内容構成は、
はじめに 
1、比嘉朝健の人となり
2、末吉安恭と比嘉朝健の関わり
3、鎌倉芳太郎と比嘉朝健のつながり
4、比嘉の琉球芸術研究の特徴
資料1「比嘉朝健目録」 資料2「比嘉朝健・鎌倉芳太郎関連年譜」
になっています。    

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近代沖縄の芸術研究①ー末吉安恭と鎌倉芳太郎ー

Photo_16 2006年度の沖縄県立芸術大学附属研究所紀要『沖縄芸術の科学』第19号に「近代沖縄の芸術研究①ー末吉安恭(麦門冬)と鎌倉芳太郎ー」の文章を書きました。
 末吉安恭に触れた文章は、10年ぶりぐらいです。2006年度沖縄芸術大学附属研究所公開講座「鎌倉芳太郎をめぐる人々、場所」シリーズの粟国担当の「鎌倉芳太郎と末吉安恭」(11月17日)の内容をまとめたものです。全文掲載は長文のため掲載せずに、以下構成のみお知らせします。
 はじめに、
1、末吉安恭(麦門冬)の人となり
  1)博覧強記な個性
  2)友人達の安恭像
2、末吉安恭の文化観ー近代沖縄文化研究の一翼ー
3、鎌倉と安恭ー二人の交流時期ー
<末吉安恭(麦門冬)関係参考文献・資料1982年以降>

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末吉安恭(麦門冬)関係参考文献

<   <末吉安恭(麦門冬)関係参考文献―1982年以降―> 作成:粟国恭子

1)鎌倉芳太郎『沖縄文化の遺宝』(二分冊)1982、岩波書店
2)仲程昌徳「末吉麦門冬」『沖縄大百科事典』中巻、1983、沖縄タイムス社
3)新城栄徳『琉文手帖 文人・末吉麦門冬―没60年―』1984、琉文庵
  
*伊波眞一の「解説 末吉麦門冬と新聞」と詳細目録
4)粟国恭子「末吉麦門冬と民俗学」(沖縄民俗学会9月例会発表)1991年9月
5)粟国恭子「末吉安恭(麦門冬)の民俗的視点」『地域と文化第68号』1991年12月ひるぎ  社、1984年以降に見つかった大正年間の新聞から伊波眞一の目録に追加文献を紹介。
6)粟国恭子「末吉安恭(麦門冬)と伊波普猷」『地域と文化第72号1992年8月』ひるぎ社

7)粟国恭子「国粋主義の周辺と沖縄-真境名安興の活動を中心に」『浦添市立図書館紀要№5』1993年、浦添市教育委員会
8)粟国恭子「人物列伝・沖縄言論百年-末吉麦門冬1~36」『沖縄タイムス』1994年8月11日~9月30日
9)粟国恭子「南方熊楠と末吉安恭(麦門冬)の交流-『球陽』をめぐって」『地域と文化第91・92合併号』1995年2月
10)粟国恭子「岡崎との交流-志賀重昂の沖縄関係目録』『浦添市立図書館紀要№6』1995年、浦添市教育委員会
11)粟国恭子「南方熊楠所蔵「球陽」調査報告」『熊楠ワ-クス創刊号』1996年、南方熊楠邸保存顕彰会、7月31日発行
12)粟国恭子「発見された「球陽」-南方熊楠書庫の写本」『沖縄タイムス』8月5日~7日13)粟国恭子「南方熊楠と麦門冬」『文学第8巻第1号』1997年1月、岩波書店
14)粟国恭子「伊波普猷と浦添と沖縄学と」『浦添市立図書館紀要№8』1997年3月、浦添市教育委員会
15)粟国恭子「伊波普猷と末吉麦門冬(安恭)の交流」『浦添市立図書館紀要№8』1997年3月、浦添市教育委員会
16)原田あゆみ「鎌倉芳太郎の前期琉球芸術調査と芸術観の変遷」『沖縄芸術の科学』第11号、1999年、沖縄県立芸術大学附属研究所
17)神坂次郎「俺は夏草麦門冬―末吉安恭―」『歴史街道』3・4・5号 2002年、PHP研究所 *粟国資料提供 連載は『南方熊楠の宇宙―末吉安恭との交流』2005年、四季社で刊行。
18)久貝典子「鎌倉芳太郎の琉球芸術調査(上)」『沖縄文化』第38巻2号通巻96号、2003年、『沖縄文化』編集所
19)池宮正治「南方熊楠宛 末吉安恭書簡について」『南方熊楠の学際的研究プロジェクト報告』2004年、奈良女子大学人間文化研究科
20)小峯和明「南方熊楠と沖縄学」『南方熊楠の学際的研究プロジェクト報告』2004年、奈良女子大学人間文化研究科
21)池宮正治・崎原綾乃「南方熊楠宛 末吉安恭の書簡」『南方熊楠の学際的研究プロジェクト報告』2004、奈良女子大学人間文化研究科  *解題:崎原綾乃
22)小峯和明「熊楠と沖縄―安恭書簡と『球陽』写本をめぐるー」『国文学第50巻8号』2005年8月号、学燈社
23)飯倉照平『南方熊楠』ミネルヴァ日本評伝選、2006、ミネルヴァ書房

1982年以前には、岡本恵徳、大城立裕、新城安善、島袋盛敏などが文章で触れている。詳細は3)新城、1984。

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