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2006年

2007年4月29日 (日)

旅の記憶としての本

2006年12月16日(土)『沖縄タイムス』「本にまつわるエトセトラ」欄掲載

   「旅の記憶としての本」
 旅行やぶらりと立ち寄った街の雑踏を後にして辿り着く場所の多くが、静かな寺・神社や御嶽や歴史・民俗資料館、博物館、美術館である。此等の空間がかもし出す静寂さは一種独特で、何時間いても退屈しない。
 過去に使用され、静かに眠っているかのように展示陳列されている民具や人々の祈りの対象になった宗教作品、作家の思考や技法、時代の息吹までも表現する芸術作品の数々。こうした作品の前に幾人かの人たちが立ちつくしたことだろう。空間を堪能した後、図録や関連の本を購入してその場所から離れる。後日その図録を広げながら自身の思考を確認したり、新しい認識に触れてゆく。
 これらの空間と同様に旅先の本屋を訪うことも欠かせない。私は旅に出る時にガイドブック以外の自前の本を持たずに出かける。日本の各地はもとより、韓国、中国、台湾、インドネシアどの場所を訪れても、街の風景に本屋を探している。時間の合間をみて本屋に飛び込み、そしてジャンルは関係なく書棚の森を探索する。その中で気になった本を手にする。各地の印刷事情や紙の質感を味わう。
 こうして手に入れた本の数々を、時には解することの困難で記号のような活字が並ぶその土地の本を、休息の喫茶タイムや宿舎で夜通し眺めて過ごしている。そうしている内に本の中の文字が語り始める。独特の匂いや音やリズムや様々な風景の立ち上がる世界が広がる。昼間に訪れた場所で生れた印象とは違い、別種類の少し高揚感さえ伴う自由な感覚がとてもいいのだ。お気に入りの時間。勿論自身の旅の土産は、その土地の地図と本になる。本屋に立ち寄ることなく時間に追われ駆け足で過ぎた旅は、どんなにたくさんの場所を訪れても、人に出会っても後悔というか何だか消化不足のようだ。
 時折、自宅にある本が旅の記憶を呼び起こし、旅先で自身を入れた写真をあまり撮ることの無い私の旅の思い出となっている事に気付く。
 最近では、インターネットから本を注文し購入することが、日常生活での購入スタイルとして多くなってきている事も事実。そして日常生活では、仕事関係や情報を得るために計画的に淡々と本を手にすることの方が多い。そうした作業は楽しさの半面感覚を拘束されているような苦痛さえも感じる時が無いわけではない。そうした日常から離れて旅先で偶然に本と出会い、それらを手に過ごす時間はゆったりした快楽の何者でもない。日々の生活でたくさんの本に囲まれて、たくさんの本を広げながら、時折「旅に出たい」と無性に思うことがある。

シンポジウム「沖縄の紙資料からみえてくるもの」

2006(平成18年)年9月1日(金)『沖縄タイムス』「文化面」掲載

公開シンポジウム「沖縄の紙資料からみえてくるもの」に寄せて
  17世紀以前の琉球にとって、紙は日本や中国・朝鮮から輸入される貴重品であった。王府の重要文書に用いられ、現存する16世紀の紙史料・王府の辞令書は、こうした輸入紙が用いられている。また16世紀、中国の紙を運んで東南アジアと交易する琉球船が記録に残っている。
   琉球の紙抄造の歴史は、17世紀に始まる。康煕25年(1687年)関氏大見武筑登之親雲上憑武(唐名・関忠勇)が王府の命によって鹿児島に出向き、杉原・百田紙(楮紙の一種)紙漉き法を草野五右衛から伝授されたことに始まる(『琉球国由来記』)。
 1717年には、首里の「祖慶清寄」「比嘉乗昌」ら4人によって、芭蕉布の原料である糸芭蕉から、琉球独自の紙・芭蕉紙が漉かれた。首里・山川で抄造する彼らはその後、宮古・八重山・奄美大島へと技術を伝えている。
  18世紀から世紀にかけて、芭蕉紙をはじめとする琉球紙抄造技術と原料栽培は、王府の所在地・首里地区だけでなく、沖縄本島・周辺離島、宮古・八重山の先島地方の琉球全域に広がる。その事業は、王府指導の下に行われていた。
  しかし、琉球紙は国内需要をまかなうだけの生産量はなく、17世紀以前から輸入・使用していた中国の唐紙、上質紙の絵画用・竹紙、青壇、毛辺紙、連史紙、油紙類、甲紙、粗紙、川連紙、色紙、紅紙などの中国からの紙や日本からの和紙が多量に使用されていた。
 琉球内で使用する紙は、輸入された唐紙や和紙は重要文書に、楮木(カビギー)で漉かれた琉球製百田紙も首里王府の公用紙として使用された。芭蕉紙は、地方文書や下書き・控え文書や家内文書として広く使用されている。
 現代の私たちにつながれた紙の文化もある。沖縄の工芸世界でも多くの紙が用いられ、色鮮やかな文様を描く紅型は、下絵や型紙に渋紙を使用。漆工芸の世界では、漆を濾す吉野紙、その他にも芭蕉紙などを用いる。戦前まで首里を中心につくられていた藁紙「打紙」(紙銭)は、藁や古畳や莚を川の水に浸し、それを原料に漉いた黄藁紙に銭型を打ちつけた紙で、死後の世界のお金として沖縄の生活に定着した。お盆や年忌など祖先供養の祀りの際に焼かれる打紙は、今日でも一般的に使用され、沖縄の紙文化の中で生活に広く根ざした紙といえよう。紙銭を焼く文化は、中国を起源に台湾や香港などでも見られる習俗であり、沖縄の打紙文化も東アジア・東南アジアの文化とつながっていることを確認できる。
 沖縄の島々で作られていた杉原紙、百田紙、宇田紙、から紙、美濃紙、芭蕉紙、奉書紙、高檀紙、藁紙などの紙について、そして島々で使用された多様な紙文化を私たちはどのくらい理解しているのだろうか。亜熱帯の豊かな自然が育んだ「紙の島」の風景は、今日の私たちが忘れてしまった島々の大切な記憶である。その研究成果も充実したものではない現状があり、多くの課題が残っている。
 沖縄の紙の文化について、琉球紙の歴史、唐紙文化、近代の紙文化、素材、技術、修復保存、東アジアとの文化比較などの視点から捉えることから「沖縄の紙資料から見えてくるもの」を確認したい。その作業は始まったばかりである。
                                 「沖縄の紙を考える会」事務局

Photo_4 *公開シンポジウム「沖縄の紙資料から見えてくるもの」は、2006年8月15日(火)~9月10日(日)の期間、浦添市美術館で開催された「沖縄の紙の世界500年ー古文書からアートまでー」(主催:沖縄の紙を考える会、浦添市美術館)の企画の一つでした。30人の作家が作品を展示したほか、張子玩具製作や紙漉体験などの企画の一つで開催されました。
以下シンポの構成です。講師は2006年9月段階を使用。

*日時 2006年9月2日(土)午後2時から *場所:浦添市美術館
*内容
 挨   拶 前田考允(浦添市美術館館長)
        朝岡康二(大学共同利用機関法人人間文化研究機構理事)
 基調講演 上江洲敏夫(沖縄県文化財保護審議貝専門委員)「琉球紙の歴史」
 研究発表 富田正弘(歴史:富山大学教授)「琉球の文書資料について」
        大川昭典(技術:前高知県立紙産業技術センター技術部長)「琉球紙の素材」
        藤田励夫(文化財科学:九州国立博物館保存修復室長)
              「紙資料の修復・保存について」
        真栄平房昭(歴史:神戸女学院大学教授)「唐紙について」
        小野まさ子(歴史:沖縄県史料編集室主任専門員)「近代沖縄の紙について」
        粟国恭子(民俗:沖縄県立芸術大学附属図書・芸術資料館学芸員)
                 「
沖縄・東アジアの紙文化」

*シンポジウム内容は2006年9月8日(金)の『沖縄タイムス』に記事掲載されました。なおこのシンポジウム企画はトヨタ財団研究助成「近代化とくらしの再発見」企画で開催されました。