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2007年4月22日 (日)

沖縄民俗(族)学研究史の視点

沖縄研究はいまー伊波普猷没後50年記念企画『沖縄タイムス』1997年12月2日(火)9日掲載

「民俗(族)学研究史の視点」上

 
伊波普猷は、自らの郷土研究を『古琉球』(1942年改訂版)の中で「私の沖縄学の体系化」と表現している。伊波が体系化を試みた沖縄学の分野は。主として言語、文学、歴史、民俗の四領域に重きが置かれている。
  明治期にその萌芽をみた民俗研究も、1950年代までは、民間学、在野の学としての歴史の方が長い。現在のように、人類学・民族学と同じように民俗学の講義を提供できる大学は多くはなかった。国内の大学でも、ようやく60年代以降に広がり定着している。
  この学問現場において民俗(族)学の評価が低かったことを意味しており、解明されることなく認識されていた。ちなみに沖縄地元の大学で、民俗(族)学の講義が開設され田のは、70年代に入ってからである。70年代は、民俗(族)学内では沖縄研究のピーク時を迎えていた。
 こうした状況下において、大正・昭和期に国文学、日本歴史学の中で、沖縄、アイヌの研究の重要性を取り入れたのは柳田国男や折口信夫の日本民俗(族)学成立の中心となった人々である。伊波の沖縄文化研究においても、その方法論やテーマを当時歴史の浅い人類学・民俗学という学問の場で実践する鳥居龍蔵、柳田、折口等との交流の中で受け入れた。換言すれば伊波の学問を評価したのも、台頭し始めた新しい学問であったと言えよう。このことは、日本民俗(族)学研究史の中でも、沖縄研究は早期の研究に属することに他ならない。
  その点をふまえた沖縄民俗(族)研究に関する伊波の位置づけは、平敷令治によって提示された詳細な研究史(「民族学・民俗学」『沖縄県史5文化1』75年)の中で確認できる。
  平敷は、伊波の沖縄学に焦点をあてた民俗(族)研究史区分の一タイプとして、明治期(沖縄学の出発まで)、大正期(沖縄学の進展)、昭和前期(沖縄学の円熟)の各枠組みを示した。
 その後60年代以降の沖縄民俗(族)研究の総括と展望は、日本民族学編『沖縄の民俗学的研究』(73年)、九学会連合編『沖縄―自然・文化・社会』(82年)、ヨーゼフ・クライナー編『日本民族学の現在―1980年代から90年代へ』(96年)などによって、各時代とテーマによる沖縄研究の動向と現状の課題を踏まえた形で示された。
 ここ10年間でも、沖縄民俗(族)研究の論文・著作は五百をゆうに超え、多様な研究が発表されている。内容の専門性の深まりと同様に今日の研究が扱う空間も広がった。
  伊波の没後から現在では、民俗(族)学、人類学における沖縄研究の扱う空間領域は、日本との対比だけではなく、中国や韓国のアジアの国々へと拡大され、その中で沖縄を捉える視点が重要になっている。
  その他に南島研究でも十分ではなかった先島、奄美、トカラ列島、屋久島等の島々を年頭に入れた空間へのアプローチなど、主にこのような三つの視点からの研究が行われている。
  しかし、沖縄民俗(族)研究史においては、平敷以後、十分な枠組みを持ち得ていないのが現状である。研究史からの視点では、戦後および現在に至る研究はもちろん、戦前に関しても次の問題が残されている。
①明治、大正、昭和初期の研究史の充実、②沖縄地元の郷土研究活動。ここ数年は、伊波普猷と同時期に郷土研究で活動した大田朝敷、真境名安興、末吉麦門冬、島袋全発、島袋源七、仲原善忠などの資料も発掘されている。沖縄地元の郷土研究会の変遷資料も充実してきた。
  柳田、折口が沖縄<南島>研究に取り組む以前、または同時期に別の場面で行われた民俗(族)研究の表情も輪郭が見えてきた。こうした新しい資料を再度編成し、充実した研究史が必要である。
  ③戦争と民俗の問題。沖縄研究では、沖縄戦の記録は多くの成果をあげている。人々からの聞き取り資料も充実した内容で、各団体、市町村誌(史)を通して発表されている。こうした成果と民俗(族)学はどのように取り組むのか、郷土研究と皇民化教育との関連問題も含めて議論されていない問題である。
  その他④台湾大学と沖縄研究。戦後の日本の民族学・人類学の研究に置いて、戦前の台湾大学で活動していた研究者たちの果たした役割は大きい。60年代、70年代において沖縄研究をリードしてもいる。学問の系譜と、新たに植民地と民俗(族)学とのかかわりの問題でも、大きな課題と言えよう。

  「民俗(族)学研究史の視点」下    『沖縄タイムス』1997年12月9日

  伊波普猷が亡くなって間もない1947年(昭和22)年9月、折口信夫は、「新国学としての民俗学」と題した文章を発表。その2年後には、柳田国男も当時の若き人類学者・馬渕東一、岡正雄へ沖縄研究を勧めている。
  大正期に伊波を郷土研究に導いたように、戦前台湾大学で文化人類学の理論と視点を学び、アジアへの関心を注ぐ馬渕らを沖縄へと導いたのである。そして柳田は、自ら主宰する民俗学研究所において沖縄調査を企画し、宮古・八重山調査を組織的に推進したのである。
  こうして沖縄民俗(族)研究が、<内なる文化>である日本と沖縄を捉える民俗学と、研究対象を<異文化>に求める民族学の両方の立場から行われるようになった。
  その後1960年代以降に発展し定着したアカデミックとしての沖縄民俗(族)研究は、県内外研究者の増加と、文化人類学、社会人類学、民俗(族)学など独自の視点での研究テーマが広がった。
  沖縄社会研究としての親族(門中)研究・家族(家)研究(村武精一、比嘉政夫、津波高志ら)の社会構造・機能分析や宗教研究では、祭祀研究のオナリ神研究(馬渕)や祖先祭祀、位牌祭祀の研究、シャーマニズム(ユタ)研究、外来宗教研究などが展開されてきた。著作・論文数においては、かなりの研究成果を蓄積してきた。現在では、ドイツやフランスのヨーロッパ地域やアメリカ、そしてタイ、インドネシア、韓国、中国のアジア諸国との共同研究も盛んである。
①アジアへの視点。沖縄民俗(族)研究をアジアの枠組みへ導いたのは、やはり蓄積の多い宗教研究の分野であった。その中でも「風水」研究(渡辺欣雄、玉木順彦ら)、「道教」研究(窪徳忠)、「儒教」研究(平敷令治の位牌祭祀研究)、「シャーマニズム」(佐々木宏幹、山下欣一)の研究は、中国・韓国などの東アジアとの比較で成果をあげた。
  宗教研究と同様に、先に述べた沖縄社会研究の各分野で、ここ二十年で学際的にも国際的にも広がりを持った展開がなされている。
  最近では、②医療と民俗(族)研究も活発である。現代社会が抱え込む様々な問題と、民俗(族)研究が対峙する時、医療分野関連のテーマと共に議論されることが増えた。現代ストレス社会を反映した「癒し」をキーワードに従来の宗教、民俗研究成果が議論され、また長寿社会・沖縄の文化を「老い」「死」のテーマでも研究が行われている。
  また③多くの離島で構成される沖縄の「都市化」と「過疎化」の問題は、次のテーマで語れるようになった。都市化された場所での墓地不足、家・祭祀継承の揺らぎ、女性の社会的権利と位牌継承問題(トートーメー問題)。多くのシンポジウムが開催され、幅広い議論がなされている。伝統祭祀保存問題(宮古の神役)について。研究・助言から実践に向けて、研究者が積極的にかかわる新しい局面も出てきた。
  ④<民族問題>。現代の民族・人類学では、エスニシティー、民族問題、独立論をテーマにした研究も多い。村井紀『南島イデオロギーの発生』『大東亜民俗学の虚実』が著されているが、沖縄民俗(族)研究ではこれからの課題といえよう。
  同様に⑤産業―観光人類学。新しい祭り(エイサー大会、トライアスロン、ふるさと祭り、首里城祭りなど)と「地域おこし」「観光」などの視点から、社会学との学際的研究も必要であろう。⑥民族文化の記述(地域史編纂事業から)の問題。本土復帰二十五周年を迎えた今年、現代にとっての<民俗>を記述することは、どのような意味を持つのか。
  地域史研究が盛んになり、その成果としての多くの自治体が市町村史(誌)編纂事業を推進している。現在では、よりミクロな共同体の歴史編纂への取り組みも盛んで、多くの字史(誌)が編纂・刊行されている。各市町村とも刊行冊数はそれぞれ異なるが、いずれも人々の日常生活を記録した民俗編(章)は、かなりの紙面が割かれ記述されている。
  こうした多くの民俗資料が盛り込まれた「地域史」刊行物は、内容の質の高さと比較して、目次内容が画一的な項目で構成されることが多い。市町村史(誌)編纂事業の先駆的役割を果たした那覇市史、浦添市史等の目次項目が、他の市町村への民続編へも踏襲されている現状がある。
  半世紀前の戦後から25年前の本土復帰当時、復帰後の沖縄の生活時間は急激に変化し多様化した。こうした時間への配慮が十分に検討されている現状ではない。社会文化の急激な変化に対して、文化(社会)、人類学、民俗(族)学、社会学の各分野は<文化変遷>のキーワードを通して、理論化、議論検証を続けてきた。記述として定着した地域史(誌)の民俗編の構成する時間枠を、そろそろ変える時期ではないのか。沖縄・地域独自の切り口と共に、民俗(族)研究者が早急に議論し、提言すべき問題である。
  今年開催された学会で、ある人類学者から「人類学の沖縄研究に未来はあるのか。現況では危うい」と叱咤にも似た刺激的な提示があった。このような90年代以降、現代において迷走する沖縄民俗(族)研究を指摘する現場の声もないわけではない。膨大な研究論文成果を持つ沖縄民俗(族)研究葉、成果も大きいが、残された課題も巨大である。

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