浜下(ハマオリ・サニツ)行事
浜下(ハマオリ)-サニツ(宮古・平良市)ー
観光立県の沖縄の浜辺がシ-ズン中以外に賑わう日がある。旧暦3月3日の「ハマウリ」の行事の日である。女性たちが一日浜に出て巡ってきた季節を祝い、身体を潮で清める意味で潮干狩をして遊ぶ。ご馳走の詰め込んだ弁当を持参して一日浜で過ごすのである。
この時期沖縄は”うりずん”の中にある。冬が終わりを告げ、風向きも北から南へと変化し、自然に潤いが増して活動的になりはじめる時期である。そう何でもはじまりは戸惑うものだ。この時期の沖縄は、やわらかい太陽の日差しとさらさらとした風が吹き一年を通してぼんやりした風景を見せてくれる。季節の変わり目に時間の速度調節に少し戸惑っているように時間が流れ、季節の変わり目に無意識に戸惑う人間もまた海という自然の中に身を置きながら何かを調節しているのだと思う。
「ハマウリ(浜下り)」は各地によってサングヮチサンニチ、サングヮチャ-と呼ばれている。もともとは沖縄各地で女性や子供達が海に出て清めと払いの目的で日がな一日遊ぶという行事。宮古ではサニツと呼ばれる。サニツの日には潮干狩りはもちろん、部落によっては浜辺での角力大会、競馬や村芝居も催された。現在のサニツの日の浜辺ではこうしたカ-ニバル的な風景は無く、潮干狩りやピクニックを楽しむ家族連れを見かける。
宮古島・池間島の北の沖合にサニツの時期に姿を現わす巨大な珊瑚礁群”八重干瀬・ヤエビシ”がある。豊かな海の資源を育むこの珊瑚礁の東西約7㎞、南北約10㎞の広大な範囲は池間島や宮古島の漁師達の漁場として親しまれてきた。サニツの日には、さらに豊かな海からの恵みを人々がそのサンゴ礁に上陸し、その空間から海の幸を受け取れる、一年のなかで短く許された時間なのだ。
1980年代ごろから宮古島も観光に力をいれ、ダイビングスポットとして有名になった。春に行われるトライアスロンの島としても有名になった。1990年代中ごろあたりから春の観光シーズンにこの「八重干瀬」に上陸し潮干狩りを楽しんでもらおうと「八重干瀬ツアー」がはじまった。チャーターの船便で八重干瀬に多くの観光客が上陸して楽しんでいる。ここ数年のサニツの行事を伝える新聞やテレビ報道は、この楽しむ観光客の様子を伝えることが多くなった。地元の年中行事に地元の人々ではなく、この時期に島を訪れる観光客の姿が映し出されている。地元でまことしやかに流布している話は、八重干瀬ツアー観光客が充分に採るのために、地元の漁協に海産物を確保してもらってこの時期に八重干瀬に移動置きさせるというものだ。確かに海産物は海の中で過ごすわけで生きてはいるが…。年々観光客が上陸して歩き回り、大量に海の幸を無邪気に採取すれば環境破壊にもつながる。リアルな八重干瀬ではなく、イメージを補強する操作が<観光>や<地域起こし>で行われているのが現実とすれば、現代の<浜下り・サニツ>は何を清め払うのか…。考察が必要だ。
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