「唐獅子」:「鬼の持つ民具」
「空飛ぶ線の動揺」シリーズ5 「鬼の持つ民具」
人類学という学問に興味を持ったせいか、旅行やぶらりと立ち寄った街の雑踏を後にして辿り着く場所の多くが、静かな寺・神社や御嶽や歴史・民俗資料館、博物館、美術館である。此等の場所の静寂さは一種独特で、何時間いても退屈しない。
特に最近では、博物館や民俗資料館等の〈民具〉の展示見学にたいそう時間を費やしてしまう。〈民具〉を簡単に言えば、人々が日常生活の要求から作られた道具の事である。
衣食住(調理用具、衣服など)関係、産業(農具など)関係、信仰(呪具、祭具など)関係をはじめ、多くの分類がなされている。民具は名称・材料・製作法・形態・日常の使用法と時代といった多くの情報を与えてくれる。
過去に使用され、静かに眠っているかのように展示陳列されている民具ではあるが、一つ一つが日常にそれを使用した人々の生活感情や信仰や呪術的心意をひそやかに語っている。
また、思いがけないところで民具の語りに触れることがある。
〈地獄絵〉をご存じだろうか。人がこの世で悪いことした報いに落ちた地獄で、亡者の受ける責め苦の光景を描いた絵である。よく注意して見ると、この地獄絵に展開される鬼達の拷問に使われる様々な道具の中に、よく知られている臼や箕といった物が何気なく描かれていることに気づく。
この世とは異なる観念の世界である地獄を〈絵〉という表現方法で描こうとすれば、作者(絵師)の想像・観念が中心になる。しかしその観念の中のわずかな隙間を通って、一文化の中で生活する一個の人間〈絵師〉の現実が、鬼の持つ道具として滑り込んでいく。
例えば、箕は沖縄では、本土の片口型でなく円形の箕を使用する。こうした民具の地域のわずかな特徴が、地獄を現実世界(地域文化)に引き寄せてしまう。民具は雄弁である。沖縄の地獄の釜の開く日はもうすぐである。
1990年8月30日(木)「沖縄タイムス」掲載
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