「唐獅子」:「赤と緑の夜想曲」(トカラ列島のシャーマン)
「空飛ぶ線の動揺シリーズ」3-「赤と緑の夜想曲」
赤と緑の組合せとくれば、最近は小説『ノルウェイの森』の装丁を思い出す方が多いのではないか。両方ともにインパクトの強い色で、小説がベストセラーになったのもあながち無関係ではないと思う。
人にとって〈視ること〉の意味は何だろう。「視ること、それはもうなにかなのだ。自分の魂の一部分あるいは全部がそれに乗り移ることなのだ」と梶井基次郎はいう。 私は、〈赤と緑〉の組合せを見ると吐喝喇列島・悪石島のシャーマンの事を思い出す。 お年は八十歳前後の、少し女性的な雰囲気のする話し好きな男性のシャーマン。宗教的職能者の家ということもあって、部屋の祭壇には神器の鏡や天照大神が祀られ、いろいろな供え物がある。部屋の中は薄暗く、その暗闇の中にぼんやりと浮き上がってみえる〈赤い花〉。大人の腕の一抱え程の真赤なアマリリスが、祭壇前の二ヵ所に飾られている。 人は、特定の視覚イメージの属性を聴覚イメージの方に付着させて、いろいろ新しい隠喩のもとを用意することができる。
アカ…赤、紅、緋、紅、私の記憶を刺激し、〈AKA〉の音からふくらむイメージと記憶のつながり…。〈閼伽(あか)〉の花は、梵語でいう閼伽(argha )つまり仏に供えた清水に浮かべた花や仏に供える花のことをさしている。アマリリス、ヒガンバナ科(ヒガンバナは死人花、幽霊花とも呼ばれる)に属するこの花からは甘い香りが漂い、その真赤な花の茎の部分は緑。薄暗い部屋の中で見るこの色は、深い海底のように神秘的である。シャーマンの無意識の選択は、一つ一つの要素を美しい糸を紡ぐ行為のように結びつけ、他界に近付けていくかのようである。
帰り際にシャーマンが、お土産にと数本のアマリリスを手渡した。ここでも〈赤と緑〉の世界が私を捕えている。視覚とそれをこえたメッセージは、心がくらくらして気持ち良い程。今日も彼は、部屋中の花の中で祈るのだろう。
1990年8月2日(木)「沖縄タイムス」 掲載
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