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2007年4月20日 (金)

「唐獅子」:「名護岳を歩く」

「空飛ぶ線の動揺」シリーズ2 「名護岳を歩く」

 

 先日、南風原町の子供達と名護岳を訪れました。

 夏の季節風が高温多湿の空気を運ぶ猛暑の侯。まさに〈夏炎ゆる〉言葉通りに、自然も人もの中で息をひそめ、蝉時雨だけが降り注いでいます。

 植物や生物の観察学習をしながら遊歩道を歩く…美しい薄紫蝸牛や野牡丹をながめながら進んでいくと、次第に道幅が狭く、勾配が急になり山道らしくなります。

 片足に重心を置き、膝を伸ばす間に体は山頂へと近づきます。体を上方へと移す動きの繰り返しー魂を天に近づけていく動きのようです。汗も流れはじめ、おしゃべりな子供達も黙々と山頂を目指します。120名が一列になり、時折吹く風に励まされながら一歩一歩足を踏み出します。足元には藪蘭の花。

 人は思いを抱えながら足を踏み出します。この名護岳に多くの人達が、それぞれの思いを抱きながら登ったのでしょう。

 かつて、本土に出稼ぎに旅立つ娘を見送るために名護岳で松の木を燃やし白い煙を上げた年老いた親の思いのように…。

 稲垣国三郎の「白い煙と黒い煙」の情景です。名護岳だけでなく、沖縄の各地でこうした旅立ちの別れの光景が見られたといいます。

 〈旅〉ー現在でもお年寄りの方は、子や孫が仕事や進学で島外に暮らすことを〈旅に出る〉と表現します。「家族は何人ですか。」との質問に、何年も沖縄を離れている子供や孫を加えた数を答える事も少なくありません。各村落の御嶽や家で、島外で暮らす(旅に出ている)人々の無事を祈る伝統的な祭祀が行なわれている場面に出会うことがあります。

 沖縄の人達にとっての〈旅〉概念に思いをめぐらしているうちに下山の時間です。

 南部から名護への小さな旅を終え、58号線沿いを走る帰りのバスの中でふと振り向くと、名護岳に風にゆらりと揺れる一筋の白い煙が見えたような気がしました。

                                      1990年7月19日(木)「沖縄タイムス」掲載

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