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2007年5月

2007年5月28日 (月)

祝!「言事堂」開店

古本屋「言事堂(ことことどう)」開店
美術と工芸周辺の本を集めた古本屋さん「言事堂」が那覇市若狭に開店しました。店主の宮城未来さんから開店と事始め企画のお知らせが届きました。
「訪れた人達が、古い本から新しい出会いをみつけてもらえるようなお店作りを目指しています。」(葉書より)ということです。美大出身の若い未来さんの手作り感が伝わるお店のようです(近い内にのぞきますね。)若狭あたりを散歩しながら、如何でしょうか?くれぐれも「開店日や曜日はHPで確認されてくださいね。」ということです。

*事始め企画「水玉(みずたま)展」
 「本屋を始めるにあたってずっと願い続けていたのは、本の展覧会でした。開店記念企画としまして、梅雨の季節のはじまりであることと、店主の好きな柄・水玉模様にまつわる本etcを紹介していこうと思います。梅雨をたのしむ、模様をたのしむ、本から伝わる様々な『水玉』をどうぞお楽しみに」(案内葉書より)
 展示期間:2007年5月23日(水)~梅雨明け→夏休み前まで
 
*古本の店 言事堂
 〒900-0031 沖縄県那覇市若狭町3-7-25
 Tel&Fax 098-864-0315
 営業 時間と曜日*週の月曜・水曜・土曜の11:00~17:00
 (5月6月は営業時間や曜日など移動する場合があるのでHPで確認してください)
  e-mail:info@books-cotocoto.com
  http://www.books-cotocoto.com
  ブログ http://journal.books-cotocoto.com

2007年5月27日 (日)

フォーラム「シルクロードと琉球」

日中国交正常化35周年記念、沖縄タイムスプレ創刊60周年企画・フォーラム「シルクロードと琉球」
 
日中国交正常化35周年企画ということは、1972年ちょうど沖縄が本土復帰をした年から35周年ということ…。「シルクロードと琉球」をタイトルとしたフォーラムが開催される。沖縄の歴史学者:高良氏と安里氏をパネリストに長澤氏が基調講演をつとめる。5月23日の沖縄タイムスの文化紙面では関連の連載が始まっている。23日紙面で長澤氏はシルクロードには地理学者・リヒトホーフェンらが主張した中央アジアを通るオアシス路、北方の草原地方を通るステップ路、南方のインド洋を回る南海路の三つをシルクロードと総称するようになったとまとめている。24日には高良氏が南海路の中で琉球と東南アジアとの関係を語っている。フォーラムはまだ開催されていないのだけれど…。
 この35年間に中国文化研究も盛んになり、日本の人類学者たちも多くの成果を上げた。1972年当時にも話題になった「照葉樹林文化」をキーワードに中国の四川、貴州、雲南省から西南アジアへ…、これらの地域にその頃から出向き、今日では多くの文化研究も盛んな地域でもある。これら地域を「西南シルクロード」ととも呼んでいる。結構このシルクロードも琉球文化理解には重要だと思う。民俗学や人類学の成果を絡めてのパネリスがいないのは、少し残念かも…。「海」がポイントなんだろうな…とまだ開催されていないフォーラムへの印象。参加は人数制限があるようで下記の問い合わせ先に確認されてください。

*基調講演:長澤和俊(早稲田大学名誉教授)「シルクロードと琉球」
*パネリスト:高良倉吉(琉球大学教授)、安里進(沖縄県立芸術大学教授)
*日 時:2007年5月26日(土)午後2時~
*会 場:浦添市てだこホール
*問合せ:沖縄タイムス社経営企画室

<シンポジウム参加感想>
 シンポジウムは約300人近いお客さんで満杯。でもこうした企画に参加する方は年齢層が高い。沖縄タイムス社が新たに立ち上げた企画会社「沖縄文化の杜」の主催でもあった。エアー沖縄がシンポジウムに取り上げられたシルクロードのツアー商品の売り込みを担当していた。文化をイベント化するとこんな形になるのでしょうね。シンポジウム前に感じた印象は、空周り(「西南シルクロード」)の印象でした。
      

2007年5月23日 (水)

首里城公園友の会記念講演

 首里城公園友の会主催の記念講演会のお知らせ
 
首里城公園友の会主催の講演会のお知らせが届きました(友の会会員です)。今回は、若手の歴史研究者の中でも学生の頃から精力的に研究発表を行なっている上里氏(1976年生まれ)が講師の講演会です。歴史学の分野で流行しているテーマ「日本人町」の研究(村井章介さんたちの研究)の中で位置づけられる仕事でしょう。那覇の「日本人町」についての発表です。タイトルがやはり戦略的ですね。講演会は会員だけではなく一般の方も参加できるので、参加されてみてはいかがでしょう。

 *日時:2007年6月2日(土)午後2時30頃~(午後2時から総会があるのでその後)
 *講師:上里隆史氏(法政大学沖縄文化研究所国内研究員)
 *テーマ:
500年前の沖縄移住ブームー那覇にあった「日本人町」-
 *場所:沖縄都ホテル(地階 虹雲の間)
      那覇市松川40番地 電話:098-887-1111 

2007年5月21日 (月)

『沖縄芸術の科学』

『沖縄芸術の科学』第19号 沖縄県立芸術大学附属研究所紀要発刊のお知らせ

 沖縄県立芸術大学附属研究所の2006年度紀要『沖縄芸術の科学』第19号が発行されました。内容は以下の通り
*『沖縄芸術の科学』第19号、沖縄県立芸術大学附属研究所編集・発行、2007年3月31日発行 ISSN-0914-9074
*内  容
 ・清村まり子「レビューになった琉球舞踊ー戦前の本土における琉球舞踊上演の一形態ー」
 ・波平八郎「『椿説弓張月』の琉球イメージー戦場・自決・スパイー」
 ・久万田晋「琉球芸能のおける諸概念の形成過程ー八重山芸能の<第三回郷土舞踊と民謡の会>への出演をめぐってー」
 ・マット・ギラン「鹿児島県徳之島の朝花節における<地域性>と<個人性>の考察」
 ・高橋美樹「作詞家・作曲家としての知名定男2ーネーネーズ作品《テーゲー》《ウムカジ》の分析を通してー」
 ・粟国恭子「近代沖縄の芸術研究①ー末吉安恭(麦門冬)と鎌倉芳太郎ー」

 ・沖縄県立芸術大学附属研究所彙報
 ・平成18年度附属研究所客員教授・研究員一覧

近代沖縄の芸術研究①ー末吉安恭と鎌倉芳太郎ー

Photo_16 2006年度の沖縄県立芸術大学附属研究所紀要『沖縄芸術の科学』第19号に「近代沖縄の芸術研究①ー末吉安恭(麦門冬)と鎌倉芳太郎ー」の文章を書きました。
 末吉安恭に触れた文章は、10年ぶりぐらいです。2006年度沖縄芸術大学附属研究所公開講座「鎌倉芳太郎をめぐる人々、場所」シリーズの粟国担当の「鎌倉芳太郎と末吉安恭」(11月17日)の内容をまとめたものです。全文掲載は長文のため掲載せずに、以下構成のみお知らせします。
 はじめに、
1、末吉安恭(麦門冬)の人となり
  1)博覧強記な個性
  2)友人達の安恭像
2、末吉安恭の文化観ー近代沖縄文化研究の一翼ー
3、鎌倉と安恭ー二人の交流時期ー
<末吉安恭(麦門冬)関係参考文献・資料1982年以降>

2007年5月17日 (木)

うりずんの季節ー水底の白い花

 ー2007年5月16日(木) 梅雨入りの日に想うー
 暖かい南国にも、季節を表現する美しい言葉があります。海を渡り、島をなでる風が北の方から吹くのか、南の方から吹いてくるのかで、南島の季節は変わり島々の表情は異なります。
 沖縄では、旧暦の3月頃の南風が吹き始める季節を「うりずん」と呼んでいます。秋冬の乾季が過ぎ、梅雨の時期と強烈な南国の日差しで満ち溢れる白い夏との間に訪れる短い時間です。その頃、静かに降り続ける雨によって黒土が潤うことを、島の言葉で「ウリー」と表現します。このことから「うりずん」は<降り始め説>と、潤いをたっぷり含んだ自然の豊かさへの<熟れはじめ説>とがあるようです。いずれにしても、豊穣の時の到来に、大地が蘇り、島々の潤いや実りを約束する意味の含まれた言葉です。
 その頃に沖縄の山々では、華麗は表情をもったイジュ(伊集:姫椿)の花が、水分をたっぷりと含んだ山肌を白く染め上げます。
 あたかも深き緑色の水底に咲きわたる風情の清純なこの花は、沖縄の言葉で綴られる琉歌にも次のように詠まれています。
 「伊集の木の花や あんきょらさ 咲きゆりわぬも 伊集のごと 真白咲かな」
 (意味)
 「伊集の木の花は、あんなに綺麗に咲いて、とても美しい。私もあの伊集の花のように真白に咲いてみたい。」
 うりずんの頃には、コンクリートの建物が並ぶ街を離れて、沖縄本島を北へ北へと車を走らせます。その頃の沖縄の海も、群青色に淡白いベールを被せたようなぼんやりとした表情です。こうしたおだやかな季節の沖縄もいいものです。 

梅雨入りしました

Photo_3  沖縄地方は、5月16日で梅雨入りしました。例年より一週間ほど遅れての梅雨入りです。この時期には、月桃(げっとう)の花があちらこちらで咲いています。梅雨の雨しずくを受けた白い花がつややかに咲いて綺麗です。この葉の香りは沖縄の香り文化には、はずすことができません。独特の香り…この葉で餅粉を包み蒸した沖縄のお餅・ムーチーは、とてもいい香りです。最近はお香やなどにも使用されています。Photo_7
 それから3月ごろからテッポウユリの花も咲き出します。宮古島の東辺名岬は、この白い花でおおわれるほど…四季の変化が少ない沖縄でも春がきたんだと…嬉しくなるそんな花です。58号線を北上していくと名護の海岸線にもたくさん咲いていました。これから本格的な梅雨になると、本島中北部の山々ではイジュの白い花が美しく咲きます。沖縄の梅雨時期は白い花づくし…そんな感じですね。

2007年5月10日 (木)

maa EXHIBITION

  山城敦子・まきこ姉妹の初個展。山城まきこさんは沖縄県立芸術大学で染織を学び、卒業後同級生の仲間で工房「しよん」を立ち上げ、おきなわワールド内工芸エリアで織物工房「しよん」運営にたずさわっていました。その頃に出会った若手の作家で、その後独立して「まあ工房」で制作を続けています。しよん時代から姉妹の織る布は好きで、バックや風呂敷やコースターなどの小物も日常的に使っている。初個展とは意外で…案内が届きましたのでお知らせです。個人的に楽しみな展示会です。

*展示会:「maa EXHIBITION」
*期 間:2007年5月15日(火)~5月20日(日)午前10時~午後7時まで
      (最終日は午後5時まで)
*会 場:那覇市民ギャラリー第3展示室(パレットくもじ6階)

2007年5月 9日 (水)

「琉球の芸術文化のあり様―古琉球から近世琉球の王朝文化と変容―」

Photo_15 『民族藝術vol.23』民族藝術学会編(2007年3月発行)の特集 沖縄の民族藝術紹介
<目 次>
粟国恭子「カラーグラヴィア:首里城の工芸文化―国宝琉球国王尚家関係資料―」
粟国恭子「琉球の芸術文化のあり様―古琉球から近世琉球の王朝文化と変容―」
伊從 勉「新発見の<首里城古絵図>の測量法について」
板谷 徹「唐躍について」
久貝典子(*)「紅型を通してみた鎌倉芳太郎の琉球工芸観」
児玉絵里子(*)「第2次世界大戦後の琉球紅型像―<紅型復興期>知念績弘・城間栄喜とその弟子達が目指した美の表現と試みー」
乾 淑子(*)「照屋勇賢の世界」
小林純子(*)「表象の沖縄―戦前期における紅型イメージの変遷」
岡本亜紀(*)「戦後アメリカ人向けに作られた琉球漆器についてー<㈱紅房>の漆器を中心に」
倉成多郎(*)「近代壺屋焼の歩み」
大城ミナ(*)「歌舞団と沖縄イメージ」

 今回の<特集:沖縄の民族藝術紹介>の論考の多く(*)は、2006年5月27日(土)28日(日)に沖縄県立芸術大学で開催された第22回民族藝術学会で発表された内容を中心としたものである。学会会員ではない粟国の担当したグラヴィアと「琉球の芸術文化のあり様」は、掲載される論考のほとんどが近代から現代における沖縄芸術文化に触れる論考であったため、その理解を深める役割として琉球王朝時代の芸術文化の紹介する内容の文章をーと、板谷芸大教授からの依頼を受けての執筆掲載になっている。

<『民族藝術』のお問合せ>
発行所 民族藝術学会
〒560-8532 大阪府豊中市待兼山町1-5
 大阪大学大学院文学研究科芸術学・芸術史講座内
 TEL:06-6850-5120 FAX:06-6850-5121
発行者:木村重信   編集:醍醐書房 

「沈金と堆錦技法の琉球漆器」

『沖縄県立芸術大学紀要N0.15』(沖縄県立芸術大学発行.2007年3月31日発行)紹介
  Img0071 沖縄県立芸術大学附属図書・芸術資料館の芸術資料館担当として2006年1月から勤務している。
  2006年度沖縄県立芸術大学発行紀要に<附属図書・芸術資料館所蔵品紹介>(カラーグラヴィア)として、琉球漆器の作品を紹介した。「沈金と堆錦技法の琉球漆器―朱漆鳳凰牡丹文沈金東道盆と黒漆山水文堆錦総張文庫」のタイトルで小文を掲載している。73_1   紹介作品は、ともに1980年代に制作された琉球漆器で、所蔵品の朱漆鳳凰牡丹文沈金東道盆と朱漆飛魚文沈金文庫(金城唯喜氏制作)と黒漆山水文堆錦総張文庫(嘉手納並裕氏制作)の三点を取り上げ紹介。
 『沖縄県立芸術大学紀要N0.15』ISSSN0918-8924

2007年5月 7日 (月)

沖縄県指定文化財・富盛開鐘を聴く会

沖縄県立芸術大学開学記念日公演
  県指定文化財・富盛開鐘を聴く会

 沖縄県立芸術大学附属図書・芸術資料館所蔵の沖縄県指定文化財・三線<富盛開鐘>を聴く会が、芸大の開学記念日を記念して開催されます。<人間国宝によって紡ぎ出される三線の名器・富盛開鐘の幽玄なる音色>(広報チラシより)をお楽しみください。「三線・富盛開鐘は、真壁型で東風平村富盛の豪農が所有していたとされる名器である。戦後、ハワイの琉球古典音楽家・仲宗根盛松氏が所有していたものを稲嶺盛保氏が譲り受け、1987年に本学へ寄贈された。1994年に沖縄県指定文化財となる。また、富盛開鐘の胴(チーガー)が翁長明明氏より昨年寄贈され、名器の古格を一段と増した。」(チラシより)

*日 時:2007年5月15日(火)午後3時~開演 
*入 場:無 料
*会 場:沖縄県立芸術大学・奏楽堂
*主 催:沖縄県立芸術大学
*問合せ:総務課 電話098-882-5000
*学内には駐車場がありませんので、ご来場の際にはバス・タクシーをご利用ください。 車でご来場の際は、近くの有料駐車場をご利用ください。

<演 目> 
一、幕開け かぎゃで風節
ニ、富盛開鐘のしらべ 島袋正雄(人間国宝)仲村渠節
              照喜名朝一(人間国宝)本調子仲風節
三、琉球舞踊 諸屯 踊り 宮城能鳳(人間国宝)
             地謡 城間徳太郎(人間国宝)
四、富盛開鐘について 喜瀬慎仁(芸大教授)
五、空手演武 佐久本嗣男(芸大教授)

2007年5月 6日 (日)

第6回うるし組展

 「漆に挑む・遊ぶ・学ぶ」をテーマに、漆の作品展示会が開催されます。主催はうるし組のメンバー、第6回目の展示会に当たります。
 *展示期間:2007年5月8日(火)~13日(日)午前10時~午後7時まで(最終日午後6時まで)
 *会場:那覇市民ギャラリー(パレット久茂地6階)
      那覇市久茂地1-1-1 電話098-876-7663

2007年5月 4日 (金)

岸秋正氏所蔵資料の世界

1997(平成5)年7月31日(木)『琉球新報』掲載

   「岸秋正氏所蔵資料の世界」

Photo_11  この夏、沖縄関係文献の収集家として高名であった故・岸秋正氏の所蔵資料が沖縄県公文書館で公開される。8月1日から約二ヶ月かけて、「岸秋正文庫の世界~沖縄へのまなざし~」と題した特集企画展である。
 今回紹介される「岸秋正文庫」の資料は、今年1月に寄贈された約1万1千点の資料蔵書群の中から整理された資料の一部である。岸氏の所蔵資料に触れた沖縄研究の各分野の専門家達が、それぞれの分野で「貴重な資料である」と一様に感嘆する全蔵書の整理には、数年が必要と聞いていただけに、大変嬉しい公開である。
 岸氏所蔵の沖縄関係資料群は、昭和30(1955)年ごろから約40年の歳月をかけて収集された。その世界は、あくまでも<沖縄>にこだわり続けた岸氏の私的な知の領域で育まれたものである。
 この膨大な資料群に触れ、氏が丹念に記した資料の「収集日誌」を手にしてみると、沖縄関係の古書類を求めて費やした時間の長さと、その密度の深さに、ただ感動するばかりである。
 時間を見つけ、古書店に佇み、積み上げられた本の中から、沖縄関係の記事や本を丹念に探し出す。手に入れた資料を書斎でじっくり読み込み、その箇所に付箋を挟み込み、保存を考えて大切にパラフィン紙のカバーを丁寧にかける。その資料の命である情報を「収集日誌」と「目録」に詳細に記録していく几帳面な作業が、静かにゆっくりとした時間の中で繰り返される。その資料が存在する意味や価値を確認する事によって、資料に命を吹き込む玄人の仕事である。さらに沖縄県資料編集室(現公文書館内)の史料収集活動や、多くの研究者・機関、『伊波普猷全集』『東恩納寛惇全集』刊行事業等へ、命の吹き込まれた資料を提供する。活用されることで呼吸の出来る場へ資料を導いている。こうした氏の尽力やエピソードは、氏と交流の深かった金城功氏をはじめ、多くの方々の話題に上ることも多い。
 厳選されたコレクションには、沖縄地元の図書館や機関でも所蔵されていない貴重な本や雑誌、史料が多く含まれている。一点ものの古典籍や図版、絵資料の収集はもとより、沖縄資料を捉える視点として、これまであまりなされていない同著作の各版を揃えたり、雑誌の変遷体系に配慮した収集内容で、書誌学的な眼差しも忘れない。
 こうした資料の達人の世界に触れる時の感覚は、幼い頃時間の経つのを忘れる程夢中になって覗いた万華鏡の世界を思い起こさせる。一つ一つの部分が光・視点や角度によって変化し、新しい表情を見せてくれる。けれどもその変化を続ける世界には、乱雑な表情になることはない。何かに魅せられた人々の知の世界は自由でしなやかで、しかも整然とした秩序を生み出し、何かしら凛とした美意識さえ感じられる。そして何よりも、その世界を自ら楽しんだ事を、言葉を使わずに圧倒的なエネルギーで伝えてくれる。
 資料が発行された時間・分野・形態の枠を超えて、<沖縄>というキーワードの下で収集された貴重な資料が公開されるこの企画をぜひ多くの方々に楽しんで頂きたい。そして資料収集という<知の体系>の豊かさと、氏の沖縄への眼差しと豊かな情熱の世界に触れて頂きたい。
 今回は、前期は新発見の「渡地村文書」を含む近世古典籍(冊封使録、江戸上り、為と朝関係や漢詩文集『琉球神道記』『中山伝信録』『南島志』『六諭?義』など)を中心に、後期は<行政資料><沖縄学><文学><考古><自然科学><産業・糖業>の各分野の明治以降に刊行された雑誌類が中心に展示される。岸秋正氏文庫に関しての情報は、沖縄公文書館だより『ARCHIVES第5号』でも特集されており、また展示機関中には「岸秋正文庫の世界展示図録」も発行される。これらを参照しながら展示資料に触れると、より文庫の世界の奥行きが見えてくると思う。
 最後に、今回公開されていない文庫未整理資料には、夫人の朝子氏の父・宮城新昌氏関連の貴重な沖縄産業関係資料や、古い絵葉書など、その他の貴重な資料が多く含まれていると聞いた。こうした資料に触れる日を心待ちに氏ながら、この夏の展示会を楽しみたい。
            (特別展「沖縄へのまなざし 岸秋正文庫の世界」によせて)

 *その後1999年に委託を受け、岸秋正文庫の資料整理を手がける。

書評『雲南農耕文化の起源ー少数民族農耕具の研究ー』

1999(平成8)年7月18日『琉球新報』書評欄掲載
書 評  『雲南農耕文化の起源―少数民族農耕具の研究―』
     尹 紹亭 著    李 湲 訳      上江洲均  監修・解題
      
 「どのように食物を生産するのか」の問いは、その土地に生きる人々の生活技術という、最も重要な「知」の在り方を問う事にほかならない。
   本書は、中国の民族学・農業生態学を専門とする研究者(現在雲南民族博物館勤務)によってまとめられた『雲南物質文化』(雲南教育者出版社)シリーズ『農耕巻上・下』の翻訳本である。決して多いとはいえない中国物質文化・民具研究の、本格的で優れた研究に、中国での出版から三年を待たずに触れることが出来た。
 中国西南部に位置する雲南省は、中国の諸民族(55)の約半数を確認できる少数民族の多い社会である。民族間の農耕文化比較の視点が可能な空間、そして隣接するベトナム・ラオス・ミャンマー等の東南アジアの農耕文化をも俯瞰できる場所でもある。雲南の農耕文化研究は、一地域にとどまらず、中国そして東南アジアの農耕文化理解への示唆を十分に与えてくれる。
  「刀斧、竹木鍬・鉄鍬、犁、耖と耙、播種と灌漑用具、蘿(ざる)・籃(かご)・馬幇・車・船などの運搬具、収穫具、穀倉と臼」の農耕具が取り上げられている。千枚を越える写真、古図・実測図等の挿図で、”モノ”と使用する人との関りを、読み物とは異なる手法で雄弁に説示する。各農具は「構造や形態、構成部品の名称、機能及び使用方法、構造と形態の分類、地理的分布の考察・確定」が明確な資料分析方法で整理される。さらに著者の「考古学・農史学、民族史及び民族学資料に配慮し、各具の歴史的根拠、伝播経路、変遷過程及び発展の傾向を探る」という物質文化の学際的・体系的分析研究への意識的な試みを見る。こうした物質文化と対峙する手法は、学ぶべき点が多い。
  翻訳本の監修・解題は、沖縄をはじめとし、日本、台湾、韓国、中国の民具研究に取り組む上江洲均氏。「南九州から南西日本の民具には雲南の少数民族のものと共通するものが多い」ことを実感として語れる存在は、日本農耕文化と比較する視点を解題に取り込んだ。原著の持つ雲南農耕文化の枠を越え、「日本農耕文化の起源」のテーマを立ち上がらせる重要な成果として、新たな意義や位置づけを本著に加えている。沖縄の農耕文化・農具研究においても必読すべき書といえよう。
       (第一書房   1999年5月18日発行  626頁  定価・1万円)

2007年5月 1日 (火)

海の祭典ー海洋博総集編ー

 GWの前半に、桜坂劇場で上映されていた「海の祭典ー海洋博総集編ー」(1976年、80分、企画:沖縄県、製作:シネマ沖縄)を観た。1975年7月20日~1976年1月18日の183日間、沖縄県本部町で開催された「沖縄国際海洋博覧会」の記録フィルム。日本復帰35年目を迎える沖縄…。復帰とは沖縄にとって…。
 1990年代から人文・社会科学系アカデミックな現場で、急速に流行りだした「観光」をキーワードにした発言が多い中で、最近よく聞く単語の「海洋博」でもある。日本復帰を記念しての国際社会へ向けて日本の沖縄県のお披露目的な意味を持つ博覧会は、その後の観光立県の沖縄を方向付けた。現在は、年間観光客500万人を目標にする地域…。観光は、沖縄の主軸の産業でもある。
 当時宮古島に住む小学生だった私は、メダルやシールなどいろいろもらった記憶はあるが、両親と弟だけが夏休みを利用して見に出かけ、博覧会は見ていない。あれから30年以上たった現在に記録フィルムを見ながら当時の状況を<学習>した気分。新しく構築する記憶の獲得か…複雑な心境で画面を眺めてたのが事実。チューリップ帽はなつかしかったが…。
 「海ー望ましい未来」をテーマに開催された博覧会の様子を観ながら考えた。沖縄の海洋文化を展示した「沖縄館」も今はない。未来型の漁業として提案された海洋牧場基地のアクアポリスも今はない…。いろいろ考えはめぐったのだけれど…。何年前かは忘れてしまったけれど宇宙飛行師の毛利さん(確かそうだったと…)が、宇宙から見える日本の感想を話している中で、沖縄の周辺の海はあまりきれいではないとコメントしていたのを何故だか思い出した。守れなかったもの…活かせなかったもの…育まなかったもの…失ったもの…。多いのかもしれない。
 今回は、映像からの感想を少し…糸満漁師の追い込み漁の映像は実にいい。編集かカメラマンの力量か…。それから郷土芸能を踊る人々が体の切れが良い。現代の人は足腰がスマートになったからなのか?映像の中の女性も男性もなんだかどっしりしている。
 これも少し余談であるが、現在も残る「海洋文化館」には、実は貴重な資料がたくさんある。当時<海洋文化>をパプアニューギニア・トロブリアント諸島のクラ交換に使用される儀礼用カヌーや漂海民・バジャウの船・レパなど。フィリピン政府による陸地への定住化政策がすすみ、現在ではレパの材料は伐採禁止になっており、こうした大型のレパは現在ではもう作れない。35年前に収集された海洋文化館に展示されている資料は、これらの地域の文化に触れる際に、現在では見ることの出来ない、手に入らないとても貴重な資料が多い。沖縄も変化したけれど、当時<海洋文化>をキーワードにして注目された社会の変化も大きく変化したのだ…。
 いろいろ思いを巡らしながら…今の海洋博公演を散策したくなった。 

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