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2011年4月

2011年4月29日 (金)

2011年「國吉清尚展ー土と炎に生きた魂の軌跡ー」展観覧感想

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 2011年4月から沖縄県博物館・美術館で開催されている陶芸家の大規模回顧展「國吉清尚展ー土と炎に生きた魂の軌跡ー」を観てきました。2011年が没12年。人となりの記憶を多くの人々が抱えている…その魅力を熱く語る人たちも多い、誤解を恐れずに言えば、国吉清尚の熱いファンには男性が多いように思える。
 沖縄の陶器を語る言葉は、<民藝>のフィルターを通して生れることが多く、県内外から期待されるであろう沖縄の陶器への「位置付け」もその枠組で一般化される傾向があることは、多くの人に周知のこと…。このことは、沖縄の陶器への作品評価・またそれを作り上げる作家達の作風への影響も少なくない。それをある意味での<系譜>というのであろう。
 その系譜を抱えつつ、そして超越し独自の作風で多くの作品を残した國吉清尚の仕事は、県内外の美術館・博物館で収蔵されいる。また、戦後の沖縄美術関連の展示会で観る機会は多い作家でもある。
 しかし、國吉の作品全体に触れる機会はそう多くはない。 
 今回j展示された作品数は約270点。これだけの数の作品群を鑑賞できる機会は今後ありそうもない予感とともに、興味深くみた。
 しかし、展示会そのものの印象で、少し気になる点が残った。 
 その多くの作品は、大中小5つの空間(展示スペース)に分かれて展示されている。「1970年代」、「1980年代」、「1990年代」の10年単位の創作時期が作品解説には記されている。が、展示は時系列でもなく、それぞれの空間で各時代の作品が混在しての展示になっている。
 それぞれの展示空間に各時代の作品を混在させるということも展示側の国吉作品への認識として<ある意味>を持っているに違いなく、それを観る(観覧者)へ感じとって貰う必要があるのではないか。Photo_7
 しかし今回展示の印象ではその<ある意味>は伝わりにくく、その展示空間が支配する空気感違いは、本来の国吉作品の空気感の違いではなく展示台の印象(コンクリートブロック基本台や鮮やかな色テーピングが装飾された展示台、特別に作られた現代デザインの吊り下げ方展示台などなど)が強烈すぎて、国吉作品の持つ力が拡散されてしまい、国吉清尚の「生きた魂」に近づけなく見失ってしまいかねない。 作品よりもディスプレイ効果が先にたち観覧者は、展示空間説明やそこにある作品と国吉に関するパネルも少ないため、その空間が意味する国吉の作品世界を感じ取るには、なかなかエネルギーが必要で立ち尽くしてしまう。
 展示空間作りの取り組みとしては意欲的だが、その取り組みは「國吉清尚」世界理解のために効果を発揮しているとは言いがたい。
 展示空間の違いは、展示側にとっては大きな意味を持っており、その空間は展示側の作品認識と深く結びつき、展示側の一つの表現として観覧者を作品そのものへ導くのである。
 今回の展示デザインは、沖縄でも彫刻家でもあり都市空間設計の重鎮である能勢孝二郎、能勢裕子氏によるという。
 美術品の展示は、展示会毎に独自の空間印象作り効果も必要だが、それはあくまでも展示作品の力を引き出すためのものであってその空間に展示された作品の印象が優先されることが望ましい。
 先にも述べたとおり作品群は、従来になく数多く収集され迫力あるものであり、国吉がどのような作品群を製作していたのかの大枠を知る意味で、その点は評価できる(ただ、作品の数量が多いことが=質ではないことも確認する必要がある)。がしかし、一人の作家の数多い作品展示であるがゆえに、作家情報、図録及び作品分析など本来、美術作品理解に重要な基本的な分析作業が弱いことも浮かび上がらせている。このことがある意味展示デザインの印象が残ってしまう要因にもなっているのである。
 シンプルな展示空間デザインであっても、観覧者は展示側の意図・認識・作品への深い理解から立ち上がる空間であれば、十分な満足がいく展示会として楽しめるものである
 展示側が自己表現としての展示デザインがメインであるならば、展示会の意図・タイトルもそう主張した方が、観覧者の戸惑いはなくなり、展示空間を楽しめるというものである。
 

安谷屋正義「滑走路」絵葉書

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 国吉清尚展を観るために、沖縄県立博物館・美術館に出向いた。ミュージアムショップをのぞいたら、年の初めに開催されていた安谷屋正義展にも展示されていた作品「滑走路」の絵葉書がオリジナルグッズで発売されていた。
 早速数枚購入。
 実は、このブログでも紹介した安谷屋正義展(http://okinawabunkakougei.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-b8ff.html)!その観覧前に雑誌や図録掲載写真から受けていた印象と比べて、作品と向き合った時、その観覧後には強く印象に残ったのがこの作品であった。有名な「望郷」と同様にいい作品だと思う。

「写真家・東松明明全仕事」展示会 in名古屋

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 2011年4月23日から名古屋市美術館で開催されている(6月21日まで)、写真家・東松照明の展示会。展示会の案内チラシの 写真は、1979年に宮古島で撮影されたサトウキビ畑の農道を行く疲れた農夫(宮古馬:在来の小型馬と老人)の後ろ姿をとらえた風景。
 同じ東松の写真関係展示は、沖縄でも県外でも数多く開催されたことだろう。しかしこの写真が展示会のチラシに採用されることはめずらしいと思う。しかし東松らしい写真の一枚ではないか。…ということで思わず紹介!
 山や川のない小さく平坦な形状の沖縄の離島・宮古島は、日照りとに旱魃の日が続く年も多い自然をもつ。青空は沖縄の自然の魅力でもあり、その一方で生活のきびしさとつながるのである。その中で農業を営むことの、ある意味<生きるきびしさ>が切り取られている一枚だとおもう。1960年から70年代にかけて東松は、宮古でも多くの写真を撮っている。それらの作品群は、ある種の<きびしさ>があり、東松のまなざしの行方がはっきりしているのである。Photo_3
 展示会チラシ説明には東松の仕事を「ー敗戦からのわれわれ日本人の精神の在り処をその深奥から浮かび上がらせてみせます」とある。
<長崎>や<沖縄>、県内外<基地>など、戦後日本にある矛盾や問題を撮り続ける写真家、東松の仕事はやはり魅力的である。

  

2011年4月21日 (木)

ローゼル川田さんの絵葉書「崇元寺」

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いつもはメールで連絡することの多いお友達から、めずらしく葉書が届きました。
梅雨前の今頃のさわやかな天気には、こんな透明感のある絵柄はしみじみしました。ということで、絵葉書紹介です。
 絵葉書のタイトルは「崇元寺の前を走る電車 大正中頃・1925年頃」。
画は、ローゼル川田さん。シリーズ「琉球風画帖vol1」⑤崇元寺とあるので、後4枚はこのシリーズがあるようです。2011のサインもあるので出来立ての葉書。描いたローゼル川田さんは存じ上げてませんが…ちょっと興味がわいてきた。
 おもろまちの珈琲屋ARAKI(アラキ)に置いてあり、そこで手に入るよう…。
ちょっとご無沙汰なので、美味しい珈琲と葉書探索で、出向こうかしら…と思う入梅前。

 ちなみに珈琲屋ARAKIは
Araki1
スターバックもにぎわい過ぎて、でも疲れをいやすのに美味しい珈琲がほしい時、紅茶がじっくり味わいたい時…おすすめです。静かな空間でゆっくりと ケーキもなかなかおいしいです。三階にもグループで使える部屋があるそうです。
 夜8時までの営業…水曜日がお休みです。
 場所は、新都心のりうぼう楽市と無印良品の間の道を入り、二本目の十字路の角。二階にあります。Araki2

2011年4月18日 (月)

書評『日本の美術 琉球の金工』

Photo  昨年刊行された『日本の美術 琉球の金工』(久保智康著)の書評を書いた。
『法政大学沖縄文化研究所所報』第68号に掲載。
 約10年ほどで、飛躍的な成果を上げた?(市民権を得た)その分野を牽引してきた著者との交流も15年程になる。
 沖縄研究のテーマとしては1980年代まではほとんど触れられることのなかった分野でもある。
 沖縄の金属文化研究状況もふまえて、初めてのテキスト本としてのこの著作が誕生する背景も記している。
 基本資料が確認されたこの15年を経て、この分野は新たな議論の段階に進むことになる。
 また、残された必要とされる研究作業も実ははっきりしていて、多いことも事実である。

2011年沖縄民俗学会4月例会

2011年沖縄民俗学会4月例会のお知らせです。

題 目
:「沖縄の<模合>についての一考察ー」
発表者:東 与一 氏(沖縄民俗学会会員)

日 時:2011年4月23日(土)午後4時~6時
会 場:沖縄県立芸術大学 一般教育棟
1階103教室
      那覇市首里当蔵1-4
参加費:会員=無料、非会員=資料代200円

問い合わせ先:9030213 沖縄県中頭郡西原町千原1番地
       
琉球大学法文学部 人間科学科
       
稲村務研究室内 沖縄民俗学会事務局
       
TelFax 0988958190

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