沖縄学講座「王家の文化を伝えるー尚順と松山御殿の人々ー」
2012年5月16日(水)に、沖縄県立芸術大学附属研究所提供の沖縄学講座「沖縄文化の”美”の発見者たち」シリーズの第5回で「王家の文化を伝えるー尚順と松山御殿の人々ー」を担当しました。
復帰40年記念5月15日の翌日。
最後の国王の三男(四男であるが次男が2歳でなくなったため三男で呼ばれる)の尚順と松山御殿に関する情報は、本家の中城御殿よりも刊行された資料も多い。それは尚順が、近代を代表する実業家であり、琉球新報の創設者であり貴族院議員でもあり、有名な骨董好きの趣味人であるという、その個性ゆえに記事資料も多く存在するからなのであろう。このテーマは、附属研究所からの依頼内容であった。講座シリーズのタイトルから、今回は尚順の芸術観を紹介した。食文化、首里士族・王族ならではの教養の世界、そして個人の骨董趣味の世界…。近代の文人・富岡鉄斎の絵画も集めていたようで、その他陶器や漢詩・俳句・琉歌、書の世界の硯や墨などの含蓄も深い。その中でも食通としての様子が関係者からは多く記録が残されている。
今回の資料では、芸能に関する尚順・松山御殿資料を紹介することができなかった。
沖縄学講座シリーズは14回まで内容はこちら↓
http://okinawabunkakougei.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/2012-280c.html
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