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2012年6月

2012年6月24日 (日)

「<民俗写真>と近代沖縄」 沖縄民俗学会6月例会

 梅雨ももうすぐ明けそうですね。

 2012年度沖縄民俗学会6月の例会のお知らせです。
 近代に記録する手段として広まった写真、民俗資料化論もちらほら出てきている中で、近代史の状況と民俗学が写真とどう向き合ったのか、どの様な状況で近代沖縄の人々の暮らしは撮られたのか、柳田国男・折口信夫・民藝・民俗写真家や地元の写真家の撮影した<民俗写真>を通して紹介します。

*日 時 2012年6月30日(土)
  午後4時~6時
*会 場 沖縄県立芸術大学一般教養棟103教室
    那覇市首里当蔵1-4
*発表者 粟国恭子(大学非常勤講師)
*題 目 <民俗写真>と近代沖縄

*参加費  会員=無料 非会員=資料代200円
*懇親会  居酒屋守礼

*問い合わせ先:沖縄民俗学会事務局
 〒903‐0213 沖縄県中頭郡西原町千原1番地
 琉球大学法文学部 人間科学科
 稲村務研究室内 沖縄民俗学会事務局
 Tel・Fax: 098-895-8190
 URL:     http://www.cc.u-ryukyu.ac.jp/~tinamura/index2.htm
 E-mail:  ok-minzoku@hotmail.co.jp

2012年6月11日 (月)

論稿「1880年代の近代沖縄と石澤兵吾」

24  沖縄県立芸術大学附属研究所紀要『沖縄芸術の科学』24号に論稿「1880年代の近代沖縄と石澤兵吾-<勧業行政><『琉球漆器考』成立背景><琉球の絵師及び木脇啓四郎>-」を寄稿し、発刊されました(2012年3月31日発行)。
 琉球処分(1879年)直後の初期沖縄県政の中で、勧業行政や工芸産業化、博覧会共進会への参加、その勧業行政を担った勧業課課長の石澤兵吾を通して見える近代沖縄のあり様です。
 石澤兵吾の人となりも含め、『琉球漆器考』、『林政八書』成立背景や、その絵図を担当した佐渡山安豊や薩摩の絵師・木脇啓四郎についても詳しく資料提示を行っています。
 少しでも、近代沖縄・文化研究の参考になればと思っています。
<内容構成>
はじめに
1、石澤兵吾ー実務を担う官員としてー
 1)行政組織と勧業課
 2)石澤兵吾の人となり
2、石澤兵吾と勧業政策
 1)博覧会(共進会)への参加
 2)『琉球漆器考』成立の背景
 3)「林政八書」編纂について
3、石澤兵吾と絵師たち
 1)博覧会と沖縄県庁と絵師ー琉球の絵師との交流ー
 2)薩摩の絵師・木脇啓四郎と石澤兵吾
まとめ

 *この紀要は、公共機関の図書館には所蔵されると思います。ご利用ください。

沖縄学講座「末吉安恭(麦門冬)」 担当

2012年6月6日(水)に、沖縄県立芸術大学附属研究所提供の沖縄学講座「沖縄文化の”美”の発見者たち」シリーズの第8回で「沖縄文化の個性を求めて② 末吉安恭(麦門冬)」を担当しました。
Photo  末吉安恭(麦門冬)は、明治大正の沖縄文化(俳句短歌、文学、芸能、民俗学、歴史、美術)の幅広い分野で、伊波普猷、真境名安興と共に当時の「琉球文化史の三羽烏」といわれた人物で、生涯新聞記者(ジャーナリスト)である。38歳で若い時期になくなることから、あまり光が当たっていない。
 新城栄徳、伊佐眞一、仲程昌徳各氏の専攻研究がある中で1993年ごろから資料を集めたり、原稿で発表したりしている。安恭の著作集の1冊も出せていないことはl、研究者として多いに反省する。
 民俗学からみれば、折口信夫、南方熊楠との交流、大正期の郷土研究などの活動が重要である。

 伊波普猷との関わり、尚順が安恭を詠んだ歌など紹介しながら近代の沖縄文化に向き合った当時の人間関係なども話た。下の尚順が詠んだ歌である。

 数奇閲歴麦門冬
 俳句和歌一代宗
 萬巻遺書塡巨館
 猶留眼底半酣容
 
 沖縄学講座シリーズは14回まで内容はこちら↓
 http://okinawabunkakougei.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/2012-280c.html

2012年6月 8日 (金)

展示会「土門拳の昭和と沖縄」関連「土門拳の目」原稿

Photo_2  現在沖縄県立博物館・美術館で開催されている写真展「土門拳の昭和と沖縄」関連の原稿「土門拳の目 上・下」を「沖縄タイムス」に寄せた。(掲載は2012年6月6日(水)と6月7日(木)
 土門拳は、戦前・戦後と活躍し、まさに昭和を撮った写真家である。
 昭和15年に民藝運動を展開する柳宗悦が中心に呼びかけた「琉球観光団」(日本民藝協会主催)の26人の一人で、沖縄を訪れ写真を撮っている。
 
 <剛>の人となりがにじみ出る作品群である。平安時代の仏像を撮影しても、風景を撮影しても<土門拳>色が強くでてくる。この昭和の巨匠は子ども達の元気なそして時代の中での社会問題の中にいる子ども達を多く撮影している。Photo_3
 まさに日本のエネルギー問題が石油に移行する時期に炭鉱町が経済的に疲弊していく。土門は「筑豊のこどもたち」の写真をのこした。その中の一枚。「弁当を持ってこない子」は事情を知らない人が観ると、何気ない小学校の昼食時間に見えるが、経済的な事情で弁当がもってこれない子ども達が暮らすに数人はいる。他ほ子ども達が弁当を食べている間絵本・雑誌を眺めている。土門の撮影に先生がその子ども達の顔を映さないでほしいと要望したらしい。空腹を我慢してその視線を開いた本から動かない子ども達。女の子が多いことがとてもリアルである。心から離れない一枚である。

展覧会は2012年6月24日まで


 

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