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2013年5月16日 (木)

<復帰>41年目の2千円札

 2000_2 <復帰>41年目を迎える5月15日に、財布の中に2000円札が2枚入っていた。
 沖縄地元では、銀行や観光業界など「2000円札を利用しよう!」推進の運動を展開していたりするが、地元で生活していても、手元にめったあることはない。2枚も偶然にお財布の中でそろうことは、実にめずらしい。
 
 2000円札は、2000年ミレニアム記念の九州・沖縄サミットの開催に合わせてその年の7月に発行され国家の通貨として誕生した。表に首里城(サミット夕食会の会場でもあった)の第2門「守礼の門」が、裏面では日本の古典「源氏物語」の一場面が描かれた図案である。
 発行当時沖縄のジャーナリスト・思想家の新川明『沖縄・統合と反逆』(筑摩書房、2000年)の第1章「国家統合と通貨ー「守礼門」新札をどう読むかー」興味深い論考をまとめた。
 新川の論考を受け、鹿野政直(近現代思想史研究)『沖縄の戦後思想を考える』(岩波書店、2011年)の中でも「沖縄の<主役>意識をくすぐろうとする方策」として取り上げ論じている。文化表象及び文化政策の一面としてはこの2000円札は重要な意味を持つ。
  復帰40年を迎えた2012年この2000円に関するニュースが地元新聞(『沖縄タイムス』)に小さな記事で紹介された。その記事は財務省が2012年も二千円札は製造せず9年連続の製造なし(製造枚数ゼロ)という内容であった。財務省は「再開は難しい」とコメント。2003年度の1億1千万枚を最後に製造されていないことになる。
 このような現状をふまえればやはり、この二千円札誕生は、必要とされた通貨としての誕生よりも新川・鹿野の指摘するように文化政策としての<意味>をまとった通貨の性格のみが未来にも残り、政治的な資料となる。
 2013年5月15日に財布に入ったきた二千円札二枚は、この記事を残す偶然の後押しになった。
 

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