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2022年3月 3日 (木)

「復帰の源流をさぐる」連載1回目

174b4376524143feadac2b593d7d9f06 2022年の今年は沖縄が日本に〈復帰〉して50年ということで、いろいろな企画が出ています。

 2022年2月に発行された📙「しまたてぃ」99号に〈復帰の源流をさぐる〉で連載が始まりました。終戦直後の沖縄と日本の関わりを私なりに確認していく連載が始まりました。第1回は「敗戦と在日沖縄研究者たち」です。ダイジェスト版になります。

2019年6月 5日 (水)

2019年6月15日トーク企画「六月の群蝶ー<サバルタン(subaltern)>のうたー」

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 那覇市前島にある「本の虫」から、第6回 本の虫夜会のご案内がありました。

*日 時: 2019年6月15日(土)午後5時より
*場 所:本の虫(那覇市前島2-14-28グリーンマンション2階 )
     TEL:070-5810-5415  (検索は「ジンギスカン 羊やさん」1階店舗で)
*会 費:1000円(1ドリンク+資料代)
*ゲスト:粟国恭子(大学非常勤講師・文化論・沖縄文化・工芸研究所主宰)
*話 題:「六月の群蝶ー<サバルタン(subaltern)>のうたー」
*世話人:上原幸三、久万田晋、渡久地健

<本の虫>地図
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2018年4月21日 (土)

上江洲均先生 追悼文掲載 『民具研究』157号

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沖縄の民具研究の第一人者である上江洲均先生が2017年12月17日に永眠されました。
その追悼文を先生が長年参加活動された日本民具学会の機関誌『民具研究』157号(2018年3月30日発行)に、追悼文を寄稿しました。
 追悼「沖縄の民具と向き合ってー上江洲均先生追悼ー」粟国恭子(99P)

学生の頃から大先輩からの学恩は大きく、亡くなられて本当に寂しい。多くの後輩たちも同様の気持ちであろう。ご冥福をお祈りいたします。

2017年10月27日 (金)

連載「ミシンをめぐる沖縄技術史」2回 『しまたてぃ』82号

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 『しまたてぃ』82号新北風(2017年10月、沖縄しまたて協会))が刊行になり、81号につづき粟国恭子「ミシンをめぐる沖縄技術史―時代の技術②戦時下~終戦直後ー」が掲載されました。
 1、戦時下のミシンのある風景
 2、終戦直後の沖縄社会ー人口の不均衡―
 3、戦後の生活を支えるミシン
 4、戦後日本のミシン産業
 5、洋裁学校の増加―1950年代ー
の構成(文章・写真6枚)です。

 こうしたコンパクト紙面(4頁)の字数の少ない原稿は、集めて文章の根拠にした元資料を展示することもできず、原稿の3分の2(この回だけで)くらいを削って紙面に反映しました。
特に補給物資修繕屋関連のその他の資料も発掘しましたが、紙面には反映できませんでした。
今回も課題確認の意味が強い原稿になっています(訂正:*注4 1945年は文中通り1949年)

同号には「沖縄の戦後を歩く」シリーズ連載もあり今回で25回目で「那覇市(国際通り下)」がも掲載されています。編集室取材の紙面は人気もあります。今回は聞き取りによって作成されたマップには洋裁店などミシンに関係した店舗などの情報も掲載されています。

最近の『しまたてぃ』は、天然記念物の動植物の写真が表紙に採用されていていいですね。82号はダイトウウグイス(大島うぐいす)。1922年に捕獲確認され、1984年以降確認できず絶滅とされていのすですが、2008年に喜界島で見つかった貴重なうぐいすだそうです。貴重な南西諸島固有亜種。鳴き声にも調味がありますね。

2017年8月28日 (月)

『脈』94号ー特集:沖縄の詩人・思想家 川満信一

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 沖縄で長年、文芸・思想の論考を掲載する雑誌『脈』94号が、2019年8月20日に発刊されました。今回の特集は「沖縄の詩人・思想家 川満信一」です。川満さんと同郷宮古島出身の書き手をはじめ、13人の文章が掲載されています。私も(粟国恭子)も大先輩へ届ける文章を書きました。恐縮です。
 編集の比嘉加津夫さんお疲れ様です。

「脈 94号 特集・沖縄の詩人・思想家 川満信一」比嘉加津夫・編集
 A5判/238頁 定価1300円+税 脈発行所

*目次
 特集 沖縄の詩人・思想家 川満信一
  仁衡琢磨  島尾、川満、奄美に逢う――島尾敏雄生誕100年記念祭参加記
  黒島敏雄  時代の同伴者―古代的な陰影と全人的対応
  仲里 効  1968年沖縄・夏の分れ歌――川満信一と伊礼孝の分水界を巡って
  坂口 博  川満信一の詩――「飛翔」と「風葬」をめぐって
  新城兵一  川満信一論序説―〈時後〉思想としての〈反復帰論〉
  かわかみまさと 母語なき時代の超「骨」の思想家――ヤポネシア論を越えて
  松原敏夫  詩は手套のような―川満信一の詩と思想
  仲程昌徳  「母」なるもの――川満信一の詩
  後多田敦  川満信一をめぐる断想「しまのねあがり」としての川満信一
  伊良波盛男 さとりと無碍の人
  仲宗根将二 川満信一大兄とふるさと宮古
  粟国恭子  呟く川満信一さんへ届ける断章―見えない縁を巡って
  比嘉加津夫 川満信一と島尾敏雄

  *
川満信一年譜

 俳句 仲本彩泉  記憶は影絵
 詩  仲本 瑩  フロリダの男(他三篇)
    東木武市  若い頃のメモ帳より
 小説 伊良波盛男 ニルヤカナヤ王国
    仲本 瑩  バラードの斧ひかりの檻(全100)(3739
 論考 村上一郎  村上一郎未発表日記と『試行』6(佐伯修 編・註)
 1962(昭和37)年の日記(5
    松岡祥男  『吉本隆明全集』第37巻に触れて
           吉本隆明さんのこと(13)
    深谷 考  野呂邦暢、風土へのヴィジョン(6)
    金田久璋  「眼の華」とはなにか―島尾敏雄「眼華」補論
    青柳瑞穂  篭川京の「怠けのすすめ」怠けて生きたい私たち(11)
    比嘉加津夫 甲状断録
    安里昌夫  日々の断章(8
    編集後記

*表紙写真 川満信一氏提供(本文写真含む)
 題字= 比嘉良治 本文カット= ヒガカツオ

2017年4月 9日 (日)

『沖縄思想のラディックス』書評『琉球新報』 

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 仲宗根勇・仲里効編『沖縄思想のラディックス』(未來社)書評を書きました。2017年4月9日『琉球新報』紙面に掲載されています。
 一つ訂正です。後半部分の「沖縄思想の飛沫」はルビは<しぶき>です。何故だか原稿になかった「沖縄思想の飛沫(ルビ:ひまつ)しぶき」と変な日本語となり紙面で発刊されています。前の文章「発露」からの大事なイメージだったのですが…残念です。

2016年5月 6日 (金)

『沖縄県史各論編8女性史』「近代における祭祀の変容」執筆

2016年3月に刊行された『沖縄県史各論編8 女性史』の第二部第四章に「近代における祭祀の変容」(粟国恭子)について執筆を担当しました。
 文化人類学や民俗学の伝統的なテーマである<祭祀>や<神女><ユタ>について久しぶりに文章を書きました。紙面数の都合かなり縮小して概要的な記述になりましたが、今回はジェンダー・ポロティクスの視点から以下の構成で論じています。

はじめに
第1節 公的な祭祀と神女の近代
 1、王府時代の神女の祭祀
 2、近代化による神女祭祀の変容
 3、ノロの改宗ー新しい「神」とのコンタクトー
第2節 仏教・神道の祭祀と女性たち
 1、臨済宗・真言宗と王府祭祀と神女たち
 2、真言系神社・琉球八社と女性司祭(内侍)の近代と国家神道
 3、浄土真宗と那覇女ー遊女たちの祭祀ー
第3節 近代化における「巫女・ユタ」ー私的な祈りの女ー
おわりに

沖縄の民俗信仰の世界は、女性の優位性が語られるが、その多様な実践を記したつもりです。また近代以降の多様な女性たちのあり様を「沖縄の女=祈る女」のステレオタイプで<抱え込む>危うさもあることも記せたことは「女性史」ならではだとおもいます。

2014年12月 8日 (月)

脱清人・毛有慶(亀川盛棟)と末吉安恭・伊波普猷など

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 末吉安恭没70年にあたる1994年に『沖縄タイムス』で「人物列伝・沖縄言論百年 末吉麦門冬」を担当した際、1911年に安恭(麦門冬)が手にした脱清人・毛有慶(亀川盛棟)の詩集『竹陰詩稿』との関係を紹介し、伊波普猷や来沖した横山健堂(ジャーナリスト)に紹介した経緯(⑬8月30日、⑭8月31日)を紹介した。その後、毛有慶の『竹陰詩稿』詩の詩が伊波普猷の『古琉球』(1911)や横山『薩摩と琉球』(1914)に収録されることになる。
 末吉安恭や伊波普猷と脱清人・毛有慶との関係に触れた記事としては、私のこの連載記事は早いものであった。
 この脱新人・毛有慶の詩集とのエピソードもふくめ、1997年には論文「伊波普猷と末吉麦門冬(安恭)との交流」(『浦添市立図書館紀要N0、8』)にした。
 この毛有慶の詩(漢詩)が広く紹介されるようになったのは、その後新聞紙面で上里賢一先生が琉球漢詩の連載企画で紹介されたことによる。ちなみに『竹陰詩稿』そのものは確認されていない。Photo_2
上里先生は論文「琉球漢詩・最後の光芒;毛有慶(亀川盛棟)」(『文學』9巻3号、1998)をまとめられた。
 また、1879年の「琉球処分」から130年後の2009年には、この時期の琉球史が注目され、地元の新聞紙面でも多く連載があった。その中で『球新報報』の<「琉球処分」を問う>で、脱清人が注目された。連載は新報新書として2010年に刊行。「漢詩文から見る救国運動」を担当した上里賢一先生が、林世功の漢詩とともに、「毛有慶の憂憤ー反骨と芸術胸に二度渡清」と題して詳しく毛有慶の紹介をしている。
 

2014年3月20日 (木)

書評 金子豊編『松山王子尚順全文集』 

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 近代沖縄を生きた最後の琉球国王・尚泰の四男・尚順が残した琉球文化に触れた文章及び書簡など資料全文集がようやく刊行された(榕樹書林)。沖縄地元の新聞『琉球新報』に書評を掲載(2014年3月16日・日)。
 尚順は琉球国の王族として、近代には実業家・政治家・琉球新報社などの設立など様々な分野でその仕事を捉えなければならない人物である。しかしグルメ・趣味人・文化人としての注目すべき存在であり、この全文集はなかなか面白い。彼独自のこだわりや琉球文化の伝統について、沖縄を訪れる文化人との交流において興味深い記述に触れる。
 資料を集め編集した金子氏とは面識がないが、その作業の恩恵を受けている一人として感謝の意を記したい。
 尚順については、数年前(2012)、沖縄県立芸術大学附属研究所の文化講座「沖縄の美を発見した人々」で、担当(粟国恭子)したことがある。当時この本があればもう少し深く尚順の世界を紹介できたかもしれないと思う。

2014年2月15日 (土)

展覧会「南への風―沖縄・台湾―」展評記事 2014年2月


20140211_3  2014年2月に浦添市美術館で開催された館自主企画展「南への風―沖縄・台湾―」の展評記事を書いた( 2014年2月11日(火)『琉球新報』掲載)。
 浦添市美術館は、公立美術館として県内の美術シーンを引っ張ってきた役割を持ち、さらに国内でも数少ない「漆工美術」専門の特徴を持っている。
 琉球王府時代の漆工芸研究も牽引してきた機関であるが、近代のモノづくりに関心のある著者にとっては「ようやく」の感がある<近代>をテーマに企画展を開催した。 琉球国消滅から終戦までの沖縄文化・工芸(漆芸・染織・陶芸)と美術(絵画・写真)、そして近代に日本の植民地となった台湾と沖縄のづくりの展示品は、さすが当館のこれまでの活動が結びついたいい展示会であった。展示品も今回初公開の資料、新聞紙面でもトップに取り上げられてもおかしくない写真などなど…。図録も貴重な資料として残る。
 台湾を視野に入れた<近代のモノづくり>に関しては、県内初めての展覧会で関係者の努力も大きい。十分楽しめる展示会であった。
 私の近代関係論文を多く引用され、その展示視点も多く取り入れられている。浦添市美術館の委員を務めているので、展評記事はあえて辛口なコメントを書かせてもらった。

より以前の記事一覧